正調寺内節

「正調寺内節」誕生まで
●寺内タケシ

 私のアレンジした民謡LPレコード、「レッツ・ゴー・エレキ節」に続いて2枚目のLP「正調寺内節」が発売されることになりました。
私は、「レッツ・ゴー・エレキ節」の中の"津軽じょんがら節"を始め、EP盤で出した、「レッツ・ゴー・民謡」などが好評を博し、受賞は逃がしましたが、レコード大賞の編曲部門の候補にまで上がり、私自身、これからの仕事に対して大変大きなプラスになり、この第2弾のLP「正調寺内節」は、私の持っている力を最大限に働かせ、精根を尽くしてアレンジをし、自信を持って吹き込みました。 このレコードを制作するまでには色々と苦しい思いをしました。昨年の3月に病気の為、ブルー・ジーンズを退き、自宅で療養生活をしておりましたが、この時期は、私自身丁度、プレーに油がのりかかってきた時で、ただただくやしさが一杯で、ギターをたたきこわしてしまい、その破片を毎日ながめているだけでした。しかし、そんな退届な毎日でも、多くのファンの皆様が"早くよくなって"と何人もお見舞に来て下さいました。私がやめてもこんなにたくさんの人が私の再起を待っていてくれる・・・。それ以来、私は本気になって自分自身の病気と闘い始めました。そのかいあって、6月下句になると私は奇跡的に病いを克服してしまいました。
早速私は、いつも夢の中で追っている理想的なバンドを結成しようと、新しいメンバーを集め、夏の2ヶ月間、鎌倉と横浜で合宿をし、皆様のお陰で、9月1日に「寺内タケシとバニーズ」としてポピュラー界にカムバック出来ることになり、仕事は順調に進み、私も一段落したところで、今度はキングレコードのディレクターとレコーディングの事で話し合いをし、バニーズはレコード吹き込みに関しては、キングレコード専属で出発することになったのです。さてバニーズ第一回目の、レコーディングとなると、"津軽じょんがら節"に続く民謡を出そうか、それとも・・・と色々の企画が出ましたが、私は自作・自演のフォーク調の曲が流行している現在の時勢をみて、初のレコーディングは、バニーズ全員で作詩・作曲、アレンジしました。オリジナル曲で勝負することにしたのです。しかし、次回のLPレコードは民謡で行こうと考え、9月の結成と同時に、12月から2週間の民謡のためのレコーディングの日取りを決め、バニーズを引き連れ、勉強の意味で全国各地への演奏旅行を試みました。行く先々で演奏会の終わった後、楽屋で、バニーズ、全員と、その地方のお年寄り連中や、現代の若者達と本来の民謡について、じっくりと意見の交換をしあいました。やはり全員の意見としては、原形のままの民謡では今の若い世代並びに生活環境ではとうていついていけないと言うことでした。これらの話し合いは後に私が、アレンジする意味でも、これが吹き込みの時の貴重な資料となったのです。
バンドのレコーディング・プレーとしては、今回は趣向をこらして、ドラムス、井上正の尺八、エレクトーン、荻野達也のヴィブラホーン、マリンバ、サイドギター、輿石秀之のフルート等が見せ場でしょう。又、今回は一曲、私の故郷の茨城県の人達にと自作の曲「筑波山」をオリジナルとして吹き込まして頂いたのは感無量でした。
最後に私を始め、バニーズの力一杯のプレーで何回もの取り直し、それはみんな苦闘の連続であったにちがいありません。しかし、レコーディングを終えた後、メンバーが全員、口をそろえて言ってくれました!「苦しく、そして楽しい時間だった!」と、こうして、約4ヶ月間の制作期間を費いやして、ここに「正調寺内節」が誕生したのであります。(1967年1月記)
「正調寺内節」制作裏話
●キングレコード・ディレクター記

 LP1枚を聴くためには40分あれば足りますが、これを作りあげるには4ヶ月もの企画の時間と、2週間という録音時間が費され、そして吹込まれたものが皆さんの御手元に渡るまでに更に3ヶ月もかかることは、寺内さんの特別手記をお読みになっておわかりのことと思います。今回は制作の裏話を御紹介してみましょう。
■企画:
 「正調寺内節」の企画はバニーズが誕生した時にすでに出来ていました。寺内さんは、自ら寺内節というべき独特の演奏スタイルを完成したアーティストです。ですから彼の持ち味を十二分に発揮させるには、他の人の真以のできないものを選ぶのが当然のことです。それには寺内さんの体内に流れている日本人の血が燃えあがるような企画を出してあげることが一番だと考えて、日本古曲、民謡を取り上げることにしました。
■選曲:
 企画プランにのぼった曲目は凡そ1,000曲。北は北海道から南は九州に至る民謡が約300曲、日本古来の古曲、長唄、小唄、俗曲、そして伝承童謡から、寄席のおはやし、浪曲のさわりに至るまで、スタッフ総動員で資料を集めました。そして数十回に及ぶミーティングの中から御聴きの12曲を選び出して厳格なレッスンの後に吹込に至りました。
■吹込:
 1966年12月5日、7日、12日、15日の4日間にわたって吹込みが行われました。初日は誠に快調で3曲の予定が7曲も完成、スタッフ一同休憩も忘れて録音を取りまくり、あまりの早さに録音テープの用意が間に合わないほどでした。2日目はやや中だるみで調子悪く、冴えたアドリブが出ないのでバンドの録音は中止し、井上君の尺八のダビングにしました。ダビングというのは前に録音しておいたテープに新たに歌或いは器楽演奏を追加録音することです。そして第3日は残りの5曲を食事抜きで録音し、最終日は掛け声やドラ、マリンバ等のダビングに費しました。総体的に言えることは、今回の録音では寺内タケシをはじめとしバニーズ全員の健康状態がすこぶる良く、また精神的にもかなり落着いていたので、随所に神技に近い追力のあるプレーが見られました。録音方式も世界でバニーズだけが取り入れた、アンプからの直接録音と、マイクからの録音をミックスしたダイナミックなサウンド、そして特殊イコライザーによるバニーズ・サウンドの作製など、技術的にも世界的な水準のものと自信を持っております。今後ともバニーズを御声援下さいます様にお願いいたします。
■追記:
.勧進帳のイントロと元禄花見踊りの掛け声は、バニーズ全員と録音スタッフ全員のマイク・テストの結果、最年長の録音スタッフの人が吹込みました。
.勧進帳のイントロの鼓みは、キング・オーケストラのバンド・リーダー泉君男氏がたまたまスタジオに忘れ物を取りに見えたので早速お願いしました。楽器はボンゴを横にして人差し指の第二関節の附近で叩いたものです。
.元禄花見踊りのドラはバニーズのチーフ・バンド・ボーイが担当しました。すばらしい音色ですね。
.小諸追分の掛け声は山形県出身のセカンド・バンド・ボーイがローカル・カラー豊かに歌い上げてくれました。
.尺八はドラムの井上君が情感深く演奏しました。尺八は首振り三年と申しまして、首を振ることによってすばらしい音色が出るそうですが、彼はその道の達人だけあって、録音スタッフは一瞬シーンとして彼の神技に聴きほれました。
.マリンバはエレクトーンの荻野君が担当、お江戸日本橋一曲の為に十日間の猛練習をして美しいメロディーを歌いあげてくれました。
.フルートは輿石君の担当です。バイブレーションの少ない独特な奏法で楽しませてくれました。
.最後に、一番苦労したのはリーダー寺内タケシさんです。編曲から演奏に至るまで一切の面倒をみたのですから、本当に御苦労さんでした。苦労の甲斐があってとうとう「正調寺内節」が出来上がりましたね。今後も、皆さんに楽しんでいただけるレコードをどんどん吹込みましょう。それでは張切ってて行きましょう。「イョー(掛け声)!レッツ・ゴー・バニーズ!」
「正調寺内節」録音に際して
●キングレコード録音エンジニア記

 まず録音を担当して、バニーズのドテカイ音にびっくりしました。そして次に、この独特の迫力とサウンドをいかにして限られたレコードの細い溝につめ込むかという難問題にぶつかりました。録音の本番に入る前にはいつでも寺内氏をはじめメンバーの方々とディレクター、ミキサーがどういうサウンドを作り上げるかということで綿密に打合せをし、使用する楽器やマィクロフォンの種類、機材の選択、そしてさらに音の集録方法等を時間をかけて何回となく操り返えして検討します。この民謡のLPでは、特に寺内氏のエレキ・ギターで日本特有の三味線の味(音色)を出そうと、彼自身も、いろいろと工夫した特別のイコライザー(音色を自由に調整して、希望する音を作り出す装置)をエレキ・ギターのアンプに組込んで、演奏のアタックの力強さ、きらびやかな弦をはじく誠に繊細なテクニック等をあますところなくとらえ、しかもバンド全体がもっている独特のムードを一層もり上げる効果が現われています。又、このLPでは、新しい試みとして、各楽器のセパレーション、リード・ギター、ベース・ギターの歯切れの良さ等を極力増すために電気楽器の集録にマイクロフォンを使わずに特別な回路によって楽器から直接音を取り出している独特の録音方式を採用しました。さて、結果はどうでしょうか。皆さんとこの楽しいバニーズの演奏を聞いてみましょう。

このLPの基本になるステレオ楽器配置
左チャンネル センターチャンネル 右チャンネル
リズム・ギター
リード・ギター
セカンド・ギター
電子オルガン
ベース・ギター
ドラムス
上図の他に尺八、鳴物、かけ声等が入ります。

●使用したマイクロフォン
ノイマン社製(ドイツ) U-67,U-47
AKG社製(オーストリア) D-25,D-202
RCA社製(アメリカ) 77DX
アルテック社製(アメリカ) 639-B
●調整装置
20チヤンネル・ステレオ・ミクサー・コンソール この装置は、キングレコードが誇る超特別設計の多チャンネル用ミクサー・コンソールであらゆるサウンドを作り出す可能性を追及し、結集した回路を持ち、さらに全チャンネルには各々専用のイコライザー装置(ランジェビン社製)が入っています。この他に、EMT社製(ドイツ)リバブレーションマシン(残響付加装置)、オーデイオインストルメンタル社製(アメリカ)のエコーマシン等を使用しています。
●録音機
ステレオ・テープレコーダー
●電子楽器音質調整装置
ハイウェーバッグスR-245X
この装置は寺内氏と共に彼のLPのために特別に設計したもので使用する楽器、曲目によって、希望する音色を自由に選択調整出来る。

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