ギター生活25周年寺内タケシ大全集

エレキ一本男ひとり
ギター生活25周年記念「寺内タケシ大全集」“限りなきエレキ・ギターへの追求”と題されたこの5枚組アルバムを前にして、私は寺内タケシのエレキ・ギターに捧げた情熱と、確固たる信念に頭が下がるおもいがする。
 一口に25年といっても、それは変動の激しい現代人の感覚でいわせてもらうならば気が遠くなるほど長い年月である。この25年の間には我々第三者には全く解らない苦しみも喜びも寺内タケシは感じ取っているはずである。
 その苦しみも喜こびも人一倍感受性の強い男ゆえに、人一倍それを強く感じて涙を流し、今日まで頑張って来たにちがいないと思う。このレコードの中の「ブルー・ジーンズ・オン・ステージ」Vol.4の2面のトップに彼みずから、25年をふりかえって述べている言葉は非常に感銘深いものがある。エレキ・ギターをこよなく愛して25年間やって来た。いや今後も一生をたぶんエレキ・ギターに棒げるだろう寺内タケシは全世界をみても数少ない、エレキ・ギターのみに人生を棒げた男と言えるだろう。
 今回25周年を記念して寺内タケシはこの5枚組に挑戦してくれた。全曲新録音という事で、46年6月、7月、8月の3ヶ月をついやした。全曲新録音という事が大きな条件になった場合、寺内タケシはすでに4,000〜5,000曲を録音ずみである為、選曲で大変な苦労があった。しかし今まで出されたアルバムでは片面6〜7曲入っていたが、今回は片面の曲数にはこだわらず演奏内容の充実を計り、一曲8分〜12分位なものがかなり入っている。その為に既録音の曲目があっても全く演奏内客が違っているし、より充実した作品に仕上っている為聴く人に新しい感銘を与えずにはおかないだろう。
 さてここでこの5枚組の曲目解説であるが全曲を通りいっぺんの「作曲は・・・で、他には・・・の演奏で有名である・・・」的な解説を書くつもりは全くない、なぜならばその曲の作曲者位はどんなレコードでもレーベルに必らず記載されているし、寺内タケシ・ファンならば、その曲が他に誰が演奏しているかとか、どういう感じの曲かとかは全く関係ない事であろう。
 何よりもファンの方々のほうがよほどそんじょそこらの音楽評論家と称するえらい? 先生方より、寺内タケシのエレキやフィーリングをよく知っており音楽性をつかみとる事が出来るということを私は知っている。
 音楽は読んで知るものではないし、それぞれ個人が聴いて感じるものが音楽であろう、「おまえはそう感じたのか、俺はこう感じたよ」これでいいのである。だから色々な解説はあとまわしにして、まずどのレコードでもいいから針をおろして聴いてもらいたいと思う。そんな訳で曲目解説はいっさいはぶきたい。そのかわりといっては失礼かもしれないが、寺内タケシとブルー・ジーンズがどうやってスタジオに臨み、どんな風に録音していったかを今回は書いてみますので興味ある方は読んでいただきたいと思います。特に今回はVol. 3に「寺内タケシの一人舞台」では、マルチ・チャンネル・テープレコーダーを駆使し、すべてを寺内タケシ一人が演奏した話題盤もあります。
 寺内タケシは、どんな短時間のレコーディングであってもレコーディングのある日は絶対に他に仕事は取らない。これは我々レコード製作にあたる人間にとって非常にうれしい車である。レッスンもいいかげんに軽い気持でスタジオに入り、出来が悪ければまた日程を取り直して・・・なんていうチョット出の新人達(キングレコードにはめったにこの種のタレントはいないが)とは違っている。
 「レコード」とはその名の通り「記録」であって後まで残るものである。その場のステージだけで終るものではない。だからといって演奏上ノー・ミスであるという事だけが絶対条件にはならない、特に寺内タケシとブルー・ジーンズのように「ノリ」を大事にしなければならないグループの場合「ノリ」「アドリブ」「追力」が伴なって、かつ「ノー・ミス」でなければならないのである。
 寺内タケシは「私もふるい人間なんでございましょうか・・・。」とよく言うが確かに精神面で、かつブルー・ジーンズのリーダーとしての行動面で古武士的なにおいをかもし出している。“吹込み日の朝は必らず水浴をする”なんていうところもその一例である。
〔民謡組曲〕について、ブルー・ジーンズの場合今まで何度か大作に排戦しているが、今回はVol. 1の「越後獅子」、「ペルシャの市場にて」Vol. 2の「民謡組曲」が圧巻である。前の2曲は8分を越す大作であるが、この民謡組曲は“春の歌”“夏の歌”“秋の歌”“冬の歌”4部に分かれていてなんと16分43秒にわたる大作になっている。
 寺内タケシはこの日本の民謡のコーナーで何を取り上げようかという事で色々考えたが、今まで北海道から沖縄まで民謡はすべてやりつくした感があった、そこで以前寺内タケシの生まれ故郷茨城県の筑波山をテーマにしたオリジナル「筑波山」があったが、それに優るものを書こうという事になり、このオリジナルの作曲にあたった。
 あのブルー・ジーンズのドデカイ「バス」は日本全国くまなく廻っている、寺内タケシもブルー・ジーンズもそのバスに乗り、窓から各地の四季の風物を眺め、日木という国がいかに美しく四季の変化に豊んでいるかを良く知っている。そして寺内タケシの故郷である茨城県の風物詩を彼は非常に大切にしている。この民謡組曲はこうした日本の美しい四季と寺内タケシの故郷に対する郷愁の結晶物とでも言えると思う。
 この録音は2日間かけて行われた。寺内タケシはこの録音にあたって次の様に曲想をのべている。『春の歌では新緑の山々が紫色の霞にけむっているのどかな風景を想いうかべ、すべての生物が活動しはじめる喜びというものを表わしたんだ。次の夏の歌は御存知オラがふるさと茨城県は土浦の祭ばやしをそのまま頭とエンディングに入れてみたんだ、この祭ばやしは俺が打っているんだから本物なんだ、ウン! 内容はもちろん各地の祭のイメージからメロディーも生まれて来たんだ。秋の歌のイメージはそうだなあ、虫の声、風、そしてお米の取り入れ、そんな農民の力強さだろうね、冬の歌のイメージはもちろん雪がしんしんとふっている北国のわらぶき屋根の家のイロリをかこんで、老人が子供達に昔話しをしている情景だな、そして後半はその子供達が昼間家のうら山でワラボウシ、ワラグツをはいて雪の土を飛びまわって遊んでいる情景なんだ、わかるだろう。』以上が寺内タケシが話してくれた曲想であるが、あなたはどんな風に感じるだろうか。

閉じる